絵の具を混ぜて、水で溶かして。石や木片に紙を貼り、ときには包んで。地面や壁には、気の赴くまま線を引く。誰しも、幼い頃にそんなふうに夢中になったことがあるはず。ホワイトキューブに飾られるような大作だって、根底にあるのはきっとそんな原体験だ。
グラフペーパーが2025年秋冬で着想源としたのは、そんな表現手法のおもしろさ。コラージュ、アブストラクト、ライン&ストライプの3つのキーワードをまとめて、“アレンジメント”と題した今シーズン。
そこで意図したところを、ディレクターの南貴之が振り返る。
Interview & Text by Rui Konno
―秋冬、立ち上がりましたね。展示会でちょっとうかがいましたけど、今季のグラフペーパーはテーマが複数あるんですよね?
そうですね。最初はコラージュの表現みたいなところからテーマを考えたんだけど、そのコラージュの表現をさらにコラージュしてみようと思って。それで、いつもだったらひとつだけテーマを設けるんだけど、今回は3つにしようと。
―“コラージュ”以外のふたつというのは?
あとは“アブストラクト”と、“ライン&ストライプ”。ちょうどこのシーズンのことを考えてるタイミングでフランク・ステラのアートを観る機会があって、今回のコレクションに出てくる少し歪なストライプとか、そういうイメージが断片的に見えてきて。あえて共通性は持たせないで、全然関係ない記憶を辿ったりしながら組み合わせてアレンジしていったら、いい意味で無茶苦茶になっておもしろいんじゃないかなと。その3つ全部を、“アレンジメント”っていう言葉でまとめたのが今回のコレクションです。
―“いい意味で無茶苦茶”というのが結構パワーワードだなと思うんですが、それを期待したときの気持ちってどんなものだったんでしょうか?
やっぱり僕らの服ってシンプルで、ともすれば退屈になりがちなものだと思うんです。だけど、それを素材感とかテクスチャー、コーディネイトの組み合わせでもっとおもしろくできるポイントがあるんじゃないかなと考えてたのがまず最初。それで、さっき話したコラージュの考え方とか、その表現をファッションに落とし込むとどうなるか、みたいなことから派生していった感じです。
―なるほど。3つの要素がそれぞれどういう服に、どうやって反映されているかも聞けたら嬉しいです。

Gradient Border S/S Tee
Gradient Border L/S Tee
例えば“ライン&ストライプ”で言えば、このボーダーTシャツがわかりやすくて。フランク・ステラの絵ってパッと見だと直線みたいだけど、手描きだから実は結構ゲジゲジしてるんですよ。そのニュアンスを表現したくて、わざとボコボコとした糸を使って歪ませていて。これには“アブストラクト”の要素も少し入ってるんだけど。
―確かに、そのちょっとした線の表情の違いで、かなり印象が変わりますね。

Suvin Corduroy Collarless Jacket
うん、そう思う。コーデュロイの切り替えとかも、“ライン”と“ストライプ”の要素がどっちも共存できるようなものにしてます。“アブストラクト”で言えば、このニットとか。

KNIT Gradient Dyed Wool High Neck Knit
―グラデーションですね。
そうそう。グラデーションに染めるっていうこと自体は今までもずっとやってきてるんだけど、どっち側から濃くして、どのぐらいから薄くなるとおもしろいのかとか、そういう表現の部分はいまだにやってみるまでわからないところがすごくあって。ニットに限らず、グラデーションのアイテムはどうフェードしていくのかの実験を結構何回もやりました。
―“コラージュ”はどの辺のアイテムに顕著なんでしょうか?
通常はあんまりしないような素材感の違うものの合わせだったり、生地自体にウールとコットンを混ぜているものを使っていたりとか色々あるんだけど、一番象徴的なのは小物かも。手袋にスカーフ、ネクタイとか。マフラーとかも、実は今までほとんどつくってこなかったから。

SCARF Gradient Dyed Wool Knit Scarf
GLOVES PERTEX UNLIMITED Quilted Mittens

SNOOD Mercerized Fine Wool Snood
GLOVES Gradient Dyed Wool Knit Fingerless Gloves
―言われてみると確かにグラフペーパーでは見かけなかったものが多いですね。その小物類は、“コラージュ”にどうやって活きてくるんですか?
どちらかと言うと着方のアレンジだね。コーディネイトを組んだとき、その小物自体がポイントになるように配色を変えたりしていて。ウェアも含めて今季はわざと色味もバラけさせてるから、いつもは上下ワントーンとかのルックが多いけど、今回はルックも意識的にそうしてます。もちろんいつも通りにシンプルに着ることもできるけど、そういう小物を使って全然違う素材同士を組み合わせたりして、その人ごとにアレンジできますよ、っていう。こんなに小物をつくったのは初めてだけど、やっぱり自分でコーディネイトを組んでみて組みやすかったから、やっぱり小物って大事なんだなって改めて思いました(笑)。
―一周回ってめちゃくちゃ原点に立ち返られてますね(笑)。グローブはフィンガーレスと…これはミトンですか?

PERTEX UNLIMITED Quilted Mittens
Gradient Dyed Wool Knit Fingerless Gloves
はい。指が出せるミトンです。冬は手元が寒いよなと思って。これの生地も、ストライプの表現として。
―バッフルの畝自体がストライプを描いてると。スカーフもストライプ柄で。


SCARF Geometric Silk Scarf

SCARF Geometric Silk Scarf
うん。シルクでスカーフをつくってみました。メンズだったらチーフとか首や手元とかでストライプを一発入れたら要素として素敵かなって。
―そういう異素材のレイヤーだとか、テクスチャーの組み合わせみたいな部分は確かにコラージュ的だなと、お話を聞いていて思いました。
そういう素材感のギャップみたいなものが、僕は元々好きなんですよ。これまでにも1着の服にそれを置くことはあったけど、今回は組み合わせでそれをやるっていうのが今までと違うところかな。アイテムの幅が広いから生産チームは大変だったと思うけど、そのおかげでいろんなことを試せました。集大成じゃないけど、今までやってきて気づいたことを組み合わせてる部分もあったから、そういう意味でもおもしろかったなと。
―ちなみにアートや表現としてのコラージュを見渡してみても玉石混交というか、さまざまだと思うんですが、南さんがグッとくるコラージュには何が重要なんでしょう?
うーん。結局は分量なのかな。分量と、組み合わせを可視化したときに平面じゃなく、立体的に見えるかどうかっていうところ。平面で行われていることを、コラージュによって立体的に感じさせるっていうのがおもしろいところかなって思うし、違うものを組み合わせることが、全体として見たら統一されてひとつの塊になるっていう、そんな表現が見えるものが一番好きかなぁ。ただバラバラなものを組み合わせただけだと何も感じないんだけど。
―でも、ストリートとモード、古着と新品とか、ミックス自体がひとつの定石になった現代のファッションだと、そういう組み合わせで楽しむこと自体が「あぁ、やってんね」と見えてしまう感じも正直あるんじゃないでしょうか?
そうだよね。だから、あんまり“やってる”ようには見せないようにつくったつもり(笑)。例えばこのプーマさんとつくったスニーカーだったら、1色にしか見えないと思うけど、よくよく見るとパーツごとに素材を変えてたりとか。これもひとつのコラージュだと思う。なんでもかんでも色や素材をバラつかせればいいわけじゃないと思うし、やっぱりそこにはセンスは要るよなと思います。
PUMA for GP SPEEDCAT Plus
―よく見るとヌバックにスエードとか、いろんな生地が切り替わってるんですね。ルックで見ていて、言われるまで気づきませんでした。
そうそう。こうやって、単体のアイテムでも3つの表現のどれかが当てはまるようにしていて。
―これ1足で、足元が今までのグラフペーパーにないバランス感になってる気がするんですが、このシューズはどうやってできあがったんですか?
コラボレーションにあたってベースモデルの候補がいくつかあったんです。こういう平べったい靴って自分たちではあまりつくらないんだけど、ふとおもしろいなと思って。で、僕にとってはプーマはその先駆けというか、そんなイメージをずっと持っていて。2000年代のレーシングシューズとかの印象が強いのかも。そこから自分たちのコンセプトに載せ替えたっていう感じです。
―グラフペーパーの太いパンツとよく合いますね。

PANTS Techno Wool Nylon Wide Tapered Trousers
SHOES PUMA for GP SPEEDCAT Plus

PANTS Selvage Denim Two Tuck Wide Pants
SHOES PUMA for GP SPEEDCAT Plus
そうだよね。僕も、意外と合うなって(笑)。正直そこを自分でも一番心配してたんだけど、合わせてみたらすっきりしてて、いいかもと思えたし、ぺたんとしたフォルムの足元へのパンツの裾の被さり方とかも、やってみておもしろくて。
―あとはやっぱり秋冬なのでヘビーアウターの話も少し。このコートは中綿じゃなくダウンですか? めちゃくちゃやわらかいですね。
そうそう。これはパーテックスを使った新しいダウンのシリーズ。ジップアップのブルゾン型じゃないダウンがいいなと思ってて、襟付きのハーフコートをダウンでやれたら自分が欲しいなと。

COAT PERTEX QUANTUM AIR Bal Collar Down Coat
―その主観が個性としてちゃんと反映されてるように感じます。シンプルだけど、なぜか新しいバランスというか。
シルエットをきれいにするための調整が大変だったけどね。やっぱりパーテックスって薄くてやわらかいから、ダウンの膨らみが外側のシルエットにも出やすくて。サンプルが上がったら一度分解して、どの部分のダウンをどれくらいにすれば形が良くなるかを何度も試して。おかげで工場への指示書はめちゃくちゃ細かくなっちゃったけど、最終的にはいい感じになりました。
―なるほど。あと、印象深かったのがセットアップなんですが、今回はいわゆるテーラード型ではないんですね?

JACKET Melange Herringbone Stripe Samue Jacket
PANTS Melange Herringbone Stripe Chef Track Pants
そうだね。福岡の(お料理)山乃口さんっていうお店と一緒に制服をつくってるんだけど、今回のジャケットはそこからヒントを得た、テーラードと甚兵衛の合いの子みたいなものです。料理屋さんだったら袖が短いほうが良かったり、生地も機能的なほうが良いんだけど、グラフペーパーでは、メランジウールのヘリンボーン生地を使ってゆったりとしたボックスシルエットで作ってみました。
―コレクションですけど、これはまた3つの要素とは別軸なんですね。他にもテーマの外で生まれているアイテムはあるんですか?

TOPS Wool Boa Pullover
このフリースもそう。裏毛なんですけど、ウール100%の生地を反対側にして使っていて。天然繊維だから、ポリエステルとかに比べて保温性も抜群に高いし、消臭効果もあるから使いやすくて。和歌山のパイル屋さんがつくってる生地なんですけど本当にすごくて、これは久々に良い素材と巡り会えたなという感じ。単体ではストライプやコラージュには関係ないけど、ただただこの生地を使えるのが嬉しくて。
―とは言え、それも組み合わせとしてのコラージュには映えそうな素材感ですね。レトロなアウトドアギアがコンテンポラリーになったようなスタイルで。
うん。このアイテムに限らず、結構どんなふうに合わせても成立するっていうのは、うちのブランドの良さだと思ってます。今季は特にウィメンズは丈が長いトップスと短いトップスを組み合わせられるように意識してつくったから、いつも以上にコーディネイトしやすくて楽しいんじゃないかなと思います。女性のお客さんにも、喜んでもらえたらいいなって。

KNIT High Gauge Intarsia L/S Oversized Crew Neck Knit
SHIRT Silicon Poplin Deep Slit Band Collar Shirt
―でも、こうやって聞いていて改めて感じますけど、どんどんコレクションの考え方が概念的になってきていますね(笑)。
単にネタがないだけかもよ(笑)。まぁ、現状やっぱり興味を惹かれるのがそういうところなんだなと思います。炭のコレクション(2024S/S)あたりからは特にそうなんだけど、自分の意図しないようなことがどれだけできるか、みたいなところに向かっている時期が続いてる気がします。
―シンプルで一見普通な服やスタイルを新鮮にしていくのは、ひょっとするとアヴァンギャルドなことを毎回やる以上に難しいのかなと、側から見ていて思います。
あんまり大きくは変わらないからね。それでも、変わらず情熱的になれるのは、やっぱり素材をつくるっていうこと。いまだに未知の部分が色々あるからおもしろくて。そういう素材の可能性とか、新しい手法とかを取り入れるきっかけになるように、僕はコンセプトを立ててるのかも。グラフペーパーは定番も多いけど、コレクションのほうはある意味実験をするところでもあるし、遊べる場所でもあるから。やったことのないやり方、使ったことのないアイデアだったりっていうのが試せるんです。今回は、それをやれたと思ってます。